公法と私法
公法と私法の区分についての歴史的な流れ
公法と私法の区分は古代ローマの時代にさかのぼることができる。古代ローマ時代の法学者の著作は、その大部分が私法を対象するものであった。公法上の規律は存在していたが、こうした規律に関する学問は存在していなった。
ローマ法継受以前のドイツ中世法や19世紀までの英米法では、このような区別は認められていなかった。
近代に入り、自然法思想家たちによる国家の成り立ちや存在意義に関する哲学的な議論を契機として、法学領域においても公法が体系的かつ独自の原理をもつ分野として自覚され、私法と並ぶ法分野に位置づけられることになった。
公法と私法の区分は、市民革命を経て封建的な社会が打破された大陸法系諸国において、国家と市民社会の分化が進み、市民社会においてすべての個人が自由・平等かつ独立した存在として認められ、自由な経済活動が尊重されるようになってきてから後に重要となった。
自由主義的な経済・社会が発展して富の集中が進むと、国家は実質的な平等を確保するために、積極的に市民社会に介入することになる。すなわち、独立・対等な市民モデルを修正し、社会的経済的弱者を保護するために、労働法をはじめとする社会法と言われる法領域が登場することになる。
公法と私法の区分に関する諸説
公法と私法の区分については、以下のように様々な考え方が提示されてきた。
「公益を保護する法は公法であり、私益を保護する法は私法である」という説
しかし、公益と私益とは対立概念ではなく、重なり合う部分もあり、この区別は明確ではない。
「国家または公共団体相互、国家・公共団体と私人の関係について定めるのが公法、私人間の関係を規律するのが私法である」という説
この説によると、国家・公共団体と私人との関係は公法に属することになるが、国家・公共団体が私人と同様の立場で私人との関係に立つときは、例外的に私法が適用されることを認めなければならない(例えば地方公共団体運営のバス事業と乗客の関係は、私鉄と乗客の関係と同じく私法によって規律される)。
「法律関係の性質に着目して区分しよう」とする説
公法とは公権力の担い手と私人との間の権力服従関係を定める法(統治権の発動に関する法)であり、私法とは平等な当事者間の関係を規律する法であるという説であり、現在において一般的な説である。
言い換えると、公法とは国家と国民との関係を規律する法律、すなわち公権力に関する法律であり、私法とは私人間の権利義務関係等を規律する法律であるとする説である。
公法の領域
公法の領域をどう捉えるかについては、さまざまな考え方が存在する。
もっとも狭く考える方法によれば、公法は民事法や刑事法と対置するものとして、憲法と行政法のみが含まれるものとされる。
一方で、租税法・財政法・社会法・経済法・環境法なども公法に含めて考える立場もある。
憲法・行政法・刑法・訴訟法・国際公法を公法、民法・商法・国際私法を私法として対置し、一方、社会法・経済法などを公法・私法のいずれにも属さない法とする考え方もある。
公法と私法の区分の困難性
実際には、社会法と言われる法領域をはじめ、公法と私法の両要素を道合わせている法律も多いので、個別の法律ごとに公法と私法にきれいに区分できるわけではない。
(参考文献)
『現代法学入門』伊藤 正己、 加藤 一郎 編(有斐閣双書 2005)
『法学入門』永井和之、森光 編(中央経済社 2023)
『法学』山田 晟(東京大学出版会 1992)