日本の雇用システムの特徴は、終身雇用、年功序列、企業別労働組合と言われますが、どのような原理で成り立っているのでしょうか。
主に労働政策研究者の濱口桂一郎さんの著書を参考にしながら、日本型雇用システムの特徴について考えていきたいと思います。
この記事で取り上げなかった新卒採用、定年制、定期人事異動などの、日本型雇用システムの特徴については、別の記事で取り上げていますのでご参照ください。
〔関連記事〕 日本型雇用システムの特徴 ~新卒一括採用、定年制、定期人事異動、教育訓練、人事査定
日本型雇用システムの特徴
日本型雇用システムの本質と3つの特徴
日本型雇用システムの本質
日本型雇用システムの本質は、雇用契約の中に職務の定めがないという点にあります。そして、この本質から、終身雇用制度、年功序列賃金、企業別労働組合という代表的な3つの特徴が導き出されます。
このような日本の雇用契約の性格は「メンバーシップ型」と呼ぶことができます。つまり、ある企業と雇用契約を結ぶということは、特定の職種に従事することよりも、その企業のメンバーに加入することを強く意味します。
一方、日本以外の社会では、労働者がおこなうべき具体的な職務が雇用契約の中に明記されます。契約の際に、ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)という書類を作成するのです。
日本以外の社会の雇用契約の性格は「ジョブ型」と呼ぶことができます。
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日本の雇用契約の内容が特殊であるということは、濱口さんの本を読むまで知りませんでした。
確かに、入社時に締結する雇用契約書の業務内容欄には、「経理全般」など、入社後に最初に担当する業務がざっくり記載されているだけのことが多いですね。
終身雇用制度
ジョブ型社会(=日本以外の社会)においては、その職務に必要な人員だけを採用します。そして逆に、その職務がなくなれば、その雇用契約を解除する必要が出てきます。
なぜなら、契約上あらかじめ職務が特定されている以上、それ以外の職務に関する労働を命じることはできないからです。
一方、日本では、ある職務に必要な人の数が減少しても、解雇するのではなく、他の職務に異動させて雇用契約を維持するように努めます。
雇用契約では職務が特定されていないので、他の職務への異動が可能となっています。
ここから終身雇用制度(長期雇用慣行)が導き出されます。つまり、終身雇用制度とは、メンバーシップの維持を目的とする仕組みなのです。
終身雇用制度は、新規採用や定年制、整理解雇規制などと一体となって構成される長期雇用の仕組みです。
年功序列賃金
ジョブ型社会では、雇用契約で定めた職務によって賃金が決まっており、同じ職務に従事している限り、その賃金額が自動的に上昇するということはありません(同一労働同一賃金の原則)。
これに対して、日本では、雇用契約で職務が決まっていないのですから、職務に基づいて賃金を決めることは困難です。
その時に従事している職務に応じた賃金を支払うというやり方では、異動のたびに賃金が大きく変動しかねないので、終身雇用制度の維持という観点からも難しいといえます。
そのため、日本型雇用システムでは賃金を職務と切り離し、客観的な基準である勤続年数や年齢に基づいて決めることになるのです。これが年功序列賃金制度です。
なお、現実の日本の賃金制度は、年功をベースとしながらも人事査定によってある程度の差がつく仕組みになっています。
厚生労働省は、正規労働者と非正規労働者の間の不合理な待遇差を解消するために「同一労働同一賃金ガイドライン」をつくり、その実現を企業に促しています。
ある程度は解消できるかもしれませんが、日本では、そもそも賃金の確定が年功序列制に基づいている以上、正規と非正規の賃金がどの金額ならイコールになるのかを明確にできないため、落としどころが難しい取り組みであるといえます。
もともと国際社会(=ジョブ型社会)で言われている「同一労働同一賃金」とは、意味合いがズレていることに注意しましょう。
企業別労働組合
ジョブ型社会では労働条件は職務ごとに決められるのですから、労働条件に関する団体交渉も職務ごとに行うのが合理的で、特にヨーロッパでは企業を超えた産業別のレベルで行われます。
ところが日本では、職務により賃金を決めることが困難なのですから、職務ごとに団体交渉することはできません。
そのため労働組合は企業別に組織され、企業別に総人件費の増分(ベースアップ)をめぐって交渉を行うことになります。
日本では、職種別・産業別労働組合ではなく、企業別労働組合が企業側と交渉することになる理由がよくわかりますね。
日本型雇用システムの法的構成
これまで見てきたように、日本型雇用システムはメンバーシップ型であることをその特色としています。しかし一方で、民法や労働基準法などの法律上は、ジョブ型の条文構成となっております。
日本の労働法制はジョブ型
法律上、企業(使用者)と労働者は取引関係にあります。例えば、労働基準法では、
第二条 労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである。
第九条 この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。
などと規定されています。労働者はあくまで企業に雇われて働く立場であり、雇用契約を結んでも、企業のメンバーとなるわけではありません。
例えば、株式会社の構成員(メンバー)と言えば株主のことを指すのであり、株主になれるのは株式を購入した人だけです。
つまり、労働法制の内容はジョブ型であり、メンバーシップ型ではないのです。
日本の基本的な法律は、歴史的な経緯から、ヨーロッパ(戦後はアメリカも含む)の法律を参考にして作られてきました。
労働法制も、ジョブ型であるドイツ法やアメリカ法を参考にしながら法案が作成されました。
判例によりメンバーシップ型に修正
上記に述べたように、日本では、雇用システムはメンバーシップ型である一方、労働法制はジョブ型となっています。
この矛盾を解決するために、両者の隙間をうめてきたのが、裁判所の判決であり、その積み重ねである判例法理です。
判例法理は、民法上の「信義則」や「権利濫用法理」を駆使して、ジョブ型の労働法体系を、メンバーシップ型の現実に修正してきたのです。
なお、この積み重なった判例法理の一部は、2008年に労働契約法という形で実定法となりました。
労働法制では判例法理が大きな役割を果たしていますが、ジョブ型とメンバーシップ型という対立軸を据えることで、その根源的な理由がよくわかります。
日本型雇用システムの周辺
非正規労働者
上記で述べてきた日本型雇用システムが適用されるのは、正社員のみです。
非正規労働者に対する労務管理は、正社員とまったく逆になります。
具体的な職務に基づいて期間を定めた雇用契約が結ばれ、年功賃金は適用されず、企業別組合への加入も通常認められていません。
賃金は時給制の低賃金で、ボーナスや退職金はなく、福利厚生からは除外されています。
企業リストラ時においては、正社員の雇用維持のために、先に非正規労働者を雇い止めすることが一般化されています。
中小企業労働者
日本の雇用システムのあり方は、企業規模に比例して、連続的な違いが存在します。企業規模が小さくなるほど、平均勤続年数は少なくなり、年齢による賃金カーブは平べったくなり、労働組合は存在しなくなります。
つまり、企業規模が小さくなるほど、日本型雇用システムの特徴であるメンバーシップ性が希薄になるのです。
しかし、このことは、企業規模が小さいほどジョブ型に近づくということを意味しているわけではありません。むしろ、中小企業ほど労働者はいろいろな職務を兼務し、その範囲は不明確になり、賃金基準もあいまいになります。
大企業のメンバーシップ型とは異なるが、ある種濃厚な人間関係によって組織が成立することが多いのです。
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まとめ
日本型雇用システムの本質は、雇用契約の中に職務の定めがないという点にあり、ここから、終身雇用制度、年功序列賃金、企業別労働組合という特徴が論理的に導き出されるということでした。
また、雇用システムはメンバーシップ型である一方労働法制はジョブ型であること、そして、ジョブ型である労働法制を判例法理によりメンバーシップ型に修正してきたことがわかりました。
今後、『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略』で取り上げたような、流動的な労働社会の時代がやってくるのかもしれませんが、今のところ、上記に述べたように、日本はかなり特徴のある雇用システムをもっています。
〔関連記事〕【要約】『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略』
ただ単に非正規労働者の割合が増えていくだけですと、社会が不安定化してしまうかもしれません。私たちはどのような労働社会を築いていけばいいのでしょうか。
濱口桂一郎さんは、どの著作においても労働問題に関する鋭い分析や提言をされています。どれか1冊でも読んでみると、日本の労働政策に対する見解を深めることができます。
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