ユダヤ教の成立

西洋思想の源流は、主にギリシア哲学とキリスト教にありますが、そのキリスト教はユダヤ教から派生した宗教です。

ここでは、ユダヤ教の成立の過程について見ていきます。

イスラエル民族の歴史のはじまり

イスラエル人(=ヘブライ人ユダヤ人)はもともとメソポタミアの遊牧民でしたが、紀元前1500年頃、カナーン(パレスチナ)の地に定住したと考えられています。

そして、イスラエル人の一部の人々はエジプトに移住しました。

彼らの子孫は増えましたが、エジプトの統治者ファラオによる圧政に苦しみ、彼らは奴隷状態にあったとされています。

そうした中、前13世紀頃に、虐げられていたイスラエル人を救ったのが、唯一神ヤハウェから啓示を受けたモーセでした。

モーセはイスラエル人を率いてエジプトを脱出し(出エジプト)、カナーンの地を目指しました。

その途中のシナイ山で、モーセはヤハウェから十戒を授けられたとされています。

レンブラント『十戒の石板をたたき割るモーセ』1659

イスラエル王国の繁栄と滅亡

モーセの死後、カナーンの地に戻ったイスラエル人は、前11世紀になるとイスラエル王国を建国しました。

ダヴィデ(位:前1003頃~前961頃)は、ペリシテ人やカナーン人を征服してイェルサレムを首都とし、繁栄の基礎を築きました。ダヴィデは理想的な支配者として、旧約聖書に描かれています。

ダヴィデの子ソロモン(前1011頃‐前931頃)は、経済を繫栄させ、イェルサレムにヤハウェの神殿を築きました。

前922年、イスラエル王国は、北部のイスラエル王国と南部のユダ王国分裂します。

前722年、北部のイスラエル王国は、アッシリアに滅ぼされました。

前586年、ユダ王国も新バビロニアに征服されて、ヤハウェの神殿は破壊され、住民の多くは新バビロニアの首都バビロンに強制移住させられ、国は消滅しました。

これをバビロン捕囚といいます。バビロン捕囚後のイスラエル人は、ユダヤ人と呼ばれることが多いです。

なお、ヘブライ人とは、他民族によるイスラエル人の呼び名です。

「イスラエル」「ユダヤ」という呼称の由来

旧約聖書によれば、ノアの子孫であり、最初の預言者と言われるアブラハムは、神の言葉に従い、メソポタミアの都市ウルから出発して、カナーンに移住しました。

そして、アブラハムからはイシュマエルイサクが生まれ、イサクからはエサウヤコブが生まれました。

ヤコブは兄エサウを出し抜いて長子権を得たために、兄から恨まれることになり、逃亡生活をおくることになりました。

やがて時が経ち、ヤコブはエサウと和解するために会いに行きます。

その途上、ヤコブは神の化身と格闘することになりましたが、なんとか勝利を得ます。この時に、ヤコブは神からイスラエルという名を授けられました。

ヤコブは12人の息子に恵まれ、それぞれから部族が生まれました。ユダもヤコブの息子の一人でした。

モーセによるエジプト脱出の後、ヤコブの子孫を中心とする12部族に、それぞれ土地が分け与えられました。

その中で、ユダ部族に与えられたカナーン南部の土地が、のちにユダヤと呼ばれるようになりました。

ルーベンス『ヤコブとエサウの和解』1624

預言者

イスラエル王国が南北に分裂して、滅亡の危機に瀕した前8世紀から前7世紀にかけて、預言者たちの活躍がもっとも盛んになりました。

預言者とは、神によって選ばれ、神の言葉を預かり、神の意志を伝える者のことです。

預言者たちは、イスラエル民族の苦難の原因は、人々がヤハウェ以外の神々を信じ、律法を守らない宗教的堕落によるものであると警告し、信仰が不足している人々を厳しく批判しました。

そして、信仰を徹底しイスラエル民族が団結すれば、メシア救世主)が出現して民族は救済されるということを説きました。

異民族の支配する世界はやがて終末を迎え、ユダヤ民族による新しい世界が始まるという考え方は、終末論と呼ばれます。

ユダヤ教の成立と(旧約)聖書

前538年、アケメネス朝のキュロス2世が新バビロニアを滅ぼし、それに伴いバビロン捕囚も終わりました。

バビロンからイェルサレムに帰還したユダヤ人は、前515年にヤハウェの神殿を再建しました。ヤハウェ神殿は、律法モーセ五書が完成してからは、これを読み学ぶための機関となりました。

これにより、ヤハウェ神殿を中心とした祭式の重視律法の遵守という2つの要素を基盤とするユダヤ教が成立したと言うことができます。

ユダヤ教は、「律法」5巻、「歴史書」12巻、「文学書」5巻、「預言書」17巻の計39巻からなる聖書を聖典としています。

  • 律法:創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記 ※モーセ五書とも呼ばれる
  • 歴史書:ヨシュア記、士師記、ルツ記、サムエル記上、サムエル記下、列王記上、列王記下、歴代誌上、歴代誌下、エズラ記、ネヘミヤ記、エステル記
  • 文学書:ヨブ記、詩篇、箴言、コヘレトの言葉、雅歌
  • 預言書:イザヤ書、エレミヤ書、哀歌、エゼキエル書、ダニエル書、ホセア書、ヨエル書、アモス書、オバデヤ書、ヨナ書、ミカ書、ナホム書、ハバクク書、ゼファニヤ書、ハガイ書、ゼカリヤ書、マラキ書

ユダヤ教の聖書は、キリスト教の側からは旧約聖書と呼ばれます。旧約とは、ヤハウェとの「古い契約」という意味です。

これに対して新約聖は、イエス=キリストを通じた神との「新しい」契約について書かれた、キリスト教の聖典のことを指します。

律法主義

前1世紀、ユダヤ民族はローマ帝国の支配下におかれ、再び民族的苦難の時代をむかえることとなりました。

そのような中、パレスチナでは、律法の遵守を求める声が再び高まりました。

このころのユダヤ教には、祭司を中心としたサドカイ派、律法の遵守を特に重視したパリサイ派、俗世を離れて洞窟などに住んだとされるエッセネ派、ローマからの独立を求めて活動した熱心党などのグループがありました。

神の命じた律法を厳密に守れば救われるとする考え方を律法主義と言います。

パリサイ派によって律法が固定化・形式化され、律法にこめられた本来の神の意志が忘れられる傾向にありました。

このような時代を背景にイエス=キリスト(前4頃~後30頃)が誕生し、律法主義を厳しく非難しつつ自らの教えを広め、やがてキリスト教が成立することになります。

 

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