アメリカの神話学者ジョーゼフ・キャンベル(1904‐87)は、『千の顔をもつ英雄』(1949)において、英雄神話がもっている物語の基本構造を示しました。
キャンベルは、ユング心理学を基調にして、古今東西の英雄神話を集めて徹底的に研究することで、世界中の英雄神話は、たった一つの基本モデルに還元するできることを発見したのです。
英雄神話の基本構造
キャンベルは、英雄神話を「旅立ち」「イニシエーション」「帰還」の三部構成として把握します。
- 「旅立ち」は英語では「separation」といいます。
- 「イニシエーション」は「通過儀礼」とも呼ばれます。英語では「initiation」です。
- 「帰還」は英語では「return」です。
つまり、英雄神話は例えば、
「ある国の姫が敵にさらわれたので、主人公が姫を助けるために国を出発する。
主人公は困難を乗り越え、ついに敵を倒して、姫を取り戻す。
主人公は姫とともに帰国し、まもなく姫と結婚して、その国の王となった。」
といった具合に話が展開するということです。
キャンベルの考え方は、フランスの民俗学者・文化人類学者ファン・ヘネップ(1873‐1957)が唱えた通過儀礼の三段階説(「分離」→「移行」→「統合」)とも一致しています。
英雄神話の構造は、神話に限らず、さまざまな物語の中に見ることができます。
宮崎駿監督の映画『天空の城ラピュタ』の主人公パズーの行動を例にしながら説明します。
(ストーリーの詳細の紹介は省略します。)
第1部 旅立ち
1.冒険への召命
運命が英雄を召喚し、心の重心を、自分が住んでいる日常の世界から未知の領域に移動させます。
未熟な英雄の前に、少年時代の終わりを告げるものが現れます。
- パズーの父親は、かつて飛行機の中から天空の城ラピュタを見かけて写真を撮りましたが、皆にラピュタの実在を信じてもらえず、詐欺師扱いのまま亡くなりました。
- しかし、パズーは父の証言を信じており、いつか自分もラピュタに行ってみることを夢見ていました。
- そんなある日、鉱山で働いているパズーの前に、空から降ってきた少女シータが現れました。
- シータは海賊と軍隊から追われていました。パズーはシータを必死に守りました。
2.召命拒否
英雄は、目先の利益にとらわれて、召命を拒否してしまいます。
- 結局、パズーとシータは軍隊に捕まって軍の要塞に連行されてしまいました。
- 捕らわれのシータは、パズーにラピュタへ行くことをあきらめるようにと言いました。
- ムスカから手切れ金として金貨を受け取ったパズーは、がっかりして家に帰りました。
3.自然を超越した力の助け
英雄は守護者に出会います。守護者は英雄に、これから遭遇する恐ろしい力に対応するための魔除けを授けます。
- パズーが家に帰ると、海賊のドーラ一家が家を占拠していました。
- ドーラは、「娘がお前にラピュタへ行くことをあきらめるようにと言ったのは、軍に脅かされていたからだ」とパズーに言いました。
- シータの真意を知ったパズーは、「シータを助けたいので一緒に連れて行ってほしい」とドーラに頼みます。
- ドーラは了解し、パズーはドーラ一家の飛行船でシータを救いに行くことになりました。
4.最初の境界を超える
英雄は自分の目的を自覚し、冒険に踏み出します。そして、強大な力の領域への入口で「境界の守護者」に出会います。
- 要塞に捕らわれているシータは、昔おばあちゃんから教えてもらった「困ったときのおまじない」を何となく思い出し、つぶやきます。
- 「リーテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトリール」
- すると、シータのもつ飛行石は、激しく光るとともに、上空のラピュタの方向を指しました。
- と同時に、要塞の地下に保管されていたロボット兵が突然動き出して、またたく間に要塞を火の海にしました。
- ロボット兵はラピュタから落ちてきた戦闘ロボットだったのです。
- ロボット兵は、飛行石をもつシータを主人と認識し、守ろうとしましたが、軍隊の大砲により破壊されました。
- パズーとドーラは、火の海からシータを救い出しました。
5.クジラの胎内
境界を超えることは再生の領域に入ることであるという概念は、クジラの母胎というイメージで表されます。
- パズーとシータは、ドーラ一家の飛行船「タイガーモス号」に乗り、ラピュタを目指すことになりました。
第2部 イニシエーション
1.試練への道
境界の向こう側で英雄を待っているのは、次から次へと襲ってくる試練です。
- パズーはタイガーモス号に乗り、海賊船の仕事を率先して行います。
- パズーはラピュタについた後、ドーラ一家を処刑の危機から救い、シータをムスカの元から助け出し、地上の人々をムスカの陰謀から救いました。
2.女神との遭遇
女神との出会いは、英雄が愛という恵みを勝ち取るだけの器かどうかを確かめる試験です。
英雄が人生というイニシエーションを進むにしたがって、女神の姿は英雄に合わせて次々と変容します。
- シータは、タイガーモス号に乗った後、ドーラが貸してくれた服に着替えます。
- すると、急に容姿が大人っぽくなり、ドーラの息子や部下たちの気を引くようになります。
3.誘惑する女性
女神との霊感による結婚は、英雄が完全に生を支配したことを表します。
- パズーとシータは、見張りのために、タイガーモス号の上空に放たれた凧に乗ります。
- パズーとシータは、丈夫な縄でしっかりと結ばれます。
4.父親との一体化
父親は英雄に大人になるための試練を与えます。成長した英雄は父親に会いに行きます。父親の顔を見て、理解して、父と子は一体化する。
- 竜の巣(低気圧)の中にあるラピュタへの一本道が開かれる瞬間、パズーは飛行機に乗った父親の幻影をはっきりと見ます。
- そして、父親の背中を追いながら、パズーたちはラピュタの中に入っていきます。
5.神格化
イニシエーションを乗り越えた英雄は、完全な姿=神へと変容します。
- パズーとシータは、滅びの呪文「バルス」を唱えます。
- つまり、二人はラピュタのすべてを滅ぼす破壊神の役割を果たしたとも言えますし、地上に平和をもたらす役割を果たしたとも言えます。
6.究極の恵み
英雄は冒険の結果、社会を再建するための霊薬を手に入れます。
- パズーとシータの機転により、地上はラピュタの恐怖(ムスカの陰謀)から救われました。
第3部 帰還
1.帰還の拒絶
英雄の帰還には困難がつきまといます。
- 滅びの呪文バルスにより破壊されたラピュタの残骸は、気を失ったパズーとシータを乗せたまま、さらに地上から遠く離れた上空へ飛ばされていきました。
2.魔術による逃走
英雄は、魔術的なアイテムにより脱出します。
- 目が覚めたパズーとシータは、ラピュタに上陸したときに乗っていた見張り凧を運よく見つけ、それに乗ってラピュタを脱出しました。
3.外からの脱出
英雄を冒険の旅から連れ戻すために、外からの助けがいることもあります。
- パズーとシータは、フラップターに乗って脱出していたドーラ一家と空中で再会しました。
- ドーラ一家は2人を、パズーの村まで連れて行ってくれました。
キャンベルが与えた影響
ジョーゼフ・キャンベルがコロンビア大学で教鞭をとっていた時に、聴講していた学生の中にジョージ・ルーカスがいました。
ルーカスは、キャンベルの神話学の授業からインスピレーションを得て、『千の顔をもつ英雄』を読み込みました。
そして、英雄神話の基本構造をそのまま適用し、映画『スターウォーズ』を創り上げたのです。
これは、よく知られているエピソードです。
『スターウォーズ』の成功により、キャンベルのヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)論は、ハリウッド映画界で広く活用されることになりました。
クリストファー・ホグラーは、キャンベルのヒーローズ・ジャーニー論をさらに発展させ、ハリウッド映画のシナリオ作成のための入門書『神話の法則』を著し、シナリオライター等に影響を与えました。
千の顔をもつ英雄(上)新訳版 (ハヤカワ文庫NF ハヤカワ・ノンフィクション文庫) [ ジョーゼフ・カンベル ] 価格:814円 |
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