神話(=物語)から哲学へ
哲学誕生以前の古代ギリシアでは、「世界はどうして存在しているのか」「自然現象はなぜ起きるのか」「人間とは何か」などの「生と世界についての根源的な問い」に対して、「神話=物語」によって説明をおこなっていました。
しかし、「神話=物語」による説明には大きな弱点がありました。
それは、ある共同体の「神話=物語」は、その領域の外の世界では、根源的な問いの答えとしては通用しない、ということです。
たとえば、ギリシアの神話、ユダヤ教の神話、エジプトの神話は、それぞれの地域で、まったく異なる前提で物語が成り立っていました。
また、物語による説明は、それが果たして本当かどうかを誰も検証できないという特徴があります。ただ神話を信じるか、信じないかしかないのです。
そこで、イオニア地方のミレトスで誕生したのが、哲学的思考でした。
古代ギリシアの哲学的思考の特質を3つ挙げることができます。
- 「物語」を使わず、抽象概念を使って論理的に世界を説明すること。
- 世界の説明を「原理(アルケー)」を突き止める、という仕方で行うこと。
- 前の説を踏襲しないで、必ずゼロベースで考え直すこと。
たとえば、タレスは万物の原理を「水」だとし、ピタゴラスは「数」であるとし、デモクリトスは「原子」であると主張しました。
哲学は、世界の説明について、抽象概念を使うことで、文化や民族の枠を超えて、誰でも参加できる普遍的な言語ゲームとして登場したのです。
イオニア地方の哲学
ミレトス学派
小アジア半島西岸のイオニア地方のミレトスは、ギリシア人によって開拓された植民市でした。
地中海に面したミレトスは、各地の商人が集まってくる発展した商業都市でした。
ギリシア・イタリア・エジプト・小アジア・フェニキアなど、さまざまな文化の人間が出会う環境の中で、神話的物語を無条件に受け入れる世界観に満足できない人たちが、自ら問いを立てて哲学的な思考を始めたのでした。
ミレトス出身のタレス、アナクシマンドロス、アナクシメネスをまとめてミレトス学派、またはイオニア自然学派と呼びます。
タレス(前624頃‐前546頃)
タレスは、ミレトスに生まれました。最初の自然哲学者と呼ばれています。
「万物の根源は水である」であるといいました。
自然を運動変化・生成流動する存在と考え、そのような自然の根源(アルケー)は「水」であると説きました。
自然現象の背後に超自然的な神を想定しないで、自然そのものに合理的秩序を見ようとしたところに、タレスの独創性がありました。
アナクシマンドロス(前610頃‐前546頃)
タレスの弟子のアナクシマンドロスは、タレスの探究精神をにしたがって、自然の根源を求め、それを「無限定なもの(ト=アペイロン)」であると考えました。
このように、ゼロベースで根本原理を考え直し、師の説であっても批判して、新しい考えを提唱するのが哲学の精神です。
アナクシメネス(?‐前525頃)
タレスやアナクシマンドロスの後を継いだアナクシメネスは、万物の根源を「空気(プネウマ、息)」であるとしました。
生き物が空気によって生きるように、万物も空気の変化から生まれると考えました。
ヘライクレイトス(前540頃‐?)
ヘライクレイトスは、イオニア地方エフェソス出身の哲学者です。
誰の弟子にもならなかった孤高の哲学者で、「闇の人」と呼ばれました。
「万物は流転する」「同じ河に二度入ることはできない」といい、世界の実相を絶えず変化するものととらえました。
ヘライクレイトスは、万物の根源は「火」によって立てられるべきとしました。
火によって引き起こされる万物の流動は、相反するものが対立する闘争であり、対立するものの緊張的な均衡の上に、万物を支配するロゴスが働いているとしました。
アナクサゴラス(前500頃‐前428)
アナクサゴラスは、イオニア地方のクラゾメナイ出身の哲学者です。アテネに移住して政治家ペリクレスの哲学の師となりました。
アナクサゴラスは、真にあるものは、スペルマタ(あらゆる形・色・味をもった無数の種子)という微粒子であるとしました。
現象の変化は、生成消滅ではなく、これら微粒子の結合分離によって起こるとしました。
アナクサゴラスは、世界ははじめ、一切のスペルマタが集まった混沌とした状態から始まりましたが、そこにヌースがはたらいて旋回運動がおこり、世界が創造されたと説きました。
ヌースは「精神・理性」などと訳されますが、スペルマタに運動と生命を与える根本原理として想定されています。
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イタリア地方の哲学
ピタゴラス(前570頃‐?)
ピタゴラスは、サモス出身の哲学者です。
南イタリアに移住し、霊魂の不滅と輪廻転生を信じ、魂を鎮めるための音楽、宇宙の永遠の真理である数の秩序を説く宗教と学問の団体を形成しました。
天体の運動や、和音を出す琴の絃の長さの比例関係を理由に、万物は数の比例関係にしたがって秩序ある宇宙をなしていると説きました。
数学の「ピタゴラスの定理」でも知られています。
エレア学派
パルメニデス(前544頃‐前501)
パルメニデスは、南イタリアのエレア出身の哲学者です。
「有るものは有り、有らぬものは有らぬ」といい、世界は永遠不滅の一体的な存在であるという存在一元論を説きました。
パルメニデスに始まるエレア学派は、多様な感覚の世界を排除して、理性的な認識によって世界の永遠不滅の存在について思索しました。
ゼノン(前490‐前430)
ゼノンは南イタリアのエレア出身の哲学者で、パルメニデスの弟子でした。
存在は永遠で不動であるという立場から、物体の運動を否定し、
先をゆっくりと歩く亀を、足の速いアキレスは永遠に追い抜くことができないという「アキレスと亀」や、
矢は前に進むことができないという「飛ぶ矢のパラドックス」などを説き、
運動は可能であるという現実を、逆説的な論理によって否定しました。
エンペドクレス(前493頃‐前433)
エンペドクレスは、シチリア島アクラガス出身の哲学者です。
万物を生み出す根源として、土・水・火・風の四元素をあげ、それらが愛によって結合して万物が生成し、憎しみによって分離し消滅すると説きました。
四元素の離合集散によって万物を説明するので、多元論者と呼ばれます。
原子論
デモクリトス(BC420頃)
トラキアのアブデラ出身の哲学者です。
万物の根源的要素を、それ以上分割できないものという意味でアトム(原子)と呼びました。
アトムが空虚の中を運動し、さまざまに結合することによって、多様な物ができあがるという原子論を説きました。
もののさまざまな性質は、アトムの配列の違いから生まれるという、近現代の物理学にも共通する考え方を示しました。
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