ジョン・ロックの経験論 概略

ジョン・ロック(John Locke 1632‐1704)は、イギリスの哲学者・政治学者で、経験論の哲学と社会契約説を説きました。

ロックの生涯

1632年、ロックはピューリタンの家に生まれました。父は地方の判事を務めていました。

1652年にオックスフォード大学に入学し、哲学と医学を学びました。その後、同大学でギリシア語講師などを務めました。

1666年、ホイッグ党の事実上の創設者であるアントニー・アシュリー・クーパー(1621‐83)と知り合い、ロックはアシュリー家の侍医・私設秘書となりました。

1672年、アシュリーはシャフツベリー伯に叙せられました。

1680年ごろ、フィルマー(1588‐1653)の著書であり、王権神授説を唱えてトーリー党の理論的支柱書となった『家父長権君主論』が公刊されました。

これに対する反論書として、1681年頃、ロックは社会契約説を説いた『統治二論』を執筆しました。

シャフツベリー伯爵は、チャールズ2世(1630‐85)の専制政治に反対する活動を行っていましたが、その活動が失敗すると、1683年、ロックもオランダへの亡命をせざるを得ませんでした。

1685年、『寛容についての手紙』を執筆しました。この作品は政教分離論の原典となり、後世に多大な影響を与えました。

1687年頃、ロックはオランダにおいて、経験論について述べた『人間知性論』の執筆を完成させました。

1688年~89年の名誉革命の成功により、ロックはイギリスに帰国して執筆活動を盛んにおこない、名誉革命期の代表的な思想家としてその名声を高めました。

晩年のロックは、キリスト教とは何かについても詳しく研究し、1695年には『キリスト教の合理性』を出版しました。

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タブラ=ラサ

ロックは、生まれつきの人間の心は、何も書かれていない「白紙」(羅:tabla rasa タブラ=ラサ)の状態であると唱えました。

デカルト(1596‐1650)の説いた神や実体についての生得観念を否定し、一切の知識の源泉を経験に求めました。

経験と観念

経験を通して白紙にさまざまな観念を書き込んでいくのが「感覚」と「内省」という心の働きです。

人間は、生まれてまず、感覚により色・熱・甘さ等の観念を受け取ります。それからやがて、自分の心の作用を内省的に近くすることによって、考える・疑う・信じる等の観念を得ます。

ロックはまた、観念を「単純観念」と「複合観念」とに区別します。

単純観念は、経験を通してしか手に入れることはできないが、一度単純観念が得られると、心はそれをさまざまに組み合わせ、新しい複合観念をつくることができるのです。

第一性質と第二性質

ロックは物体の持つ性質を、第一性質第二性質とに区分しました。

第一性質とは、物体から全く分離できない性質で、固性・延長・形状・運動等のことです。

それに対して、第二性質とは、人間の主観的な感覚によって生み出される性質で、音・色・香り等のことです。

そしてロックは、第一性質の観念は物体のもつ性質に由来するものであるが、第二性質の観念はそうではないと述べました。

しかし、ロックの経験論の立場に立つならば、人間が得られるのは観念のみであり、その観念の原型である物体そのものの性質は与えられないはず、ということになります。

ロックのこの矛盾点は、のちにバークリー(1685‐1753)に批判されることになりました。

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