西洋思想の源流の一つは、ギリシア思想であり、ギリシア思想はギリシア神話に始まります。
ギリシア神話は、アテネ民主政治時代、ヘレニズム期、ローマ時代、ルネサンス期、そして近現代に至るまで、西欧文明の源泉として存在し続けてきました。
ここでは、ギリシア神話の概要について書き記したいと思います。
ギリシア神話成立までの歴史
ギリシア本土のあるペロポネソス半島には、紀元前2000年頃、北方からインド=ヨーロッパ語系のギリシア人が移住してきました。
移住してきたギリシア人は、それよりも先に別の地域で文明を築いていたクレタやメソポタミアの影響を受けて、前1600年頃から青銅器文明を築き始めました。
これをミケーネ文明と言います。
ミケーネ文明は、ドイツのシュリーマンのミケーネ発掘によってその存在が明らかにされたもので、そこからは、巨石で築かれた城壁、王墓、黄金の品などが発見されました。
この文明の国家や社会のようすは、クレタ文明の文字をもとに作られた線文字Bによって記録される粘土板の文書から明らかになっています。
人々は、好戦的で、前15世紀にはクレタ島にも侵入して支配するようになり、さらにその勢力は小アジアのトロイアにまで及びました。
ミケーネ文明は、前1200年頃にとつぜん破壊され、滅亡しました。滅亡のはっきりした事情は不明です。
その後ギリシアは、暗黒時代と呼ばれる混乱した時代に入りました。400年ほど続いた暗黒時代の間に、人口が減少し、線文字Bも忘れさられました。
前8世紀にはいると、再びギリシアが発展し始めます。
各地で有力貴族を中心に、集落を作って生活をするようになります。これが大きくなってポリスという小国家になります。
人口が増加し土地が不足したので、前8世紀半ばからギリシア人は大規模は植民活動に乗り出しました。
また同じ頃に、フェニキア文字を基につくられたアルファベットが、商業活動で用いられるとともに、ホメロスの叙事詩など文学の成立も促しました。
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ギリシア神話のはじまり
ギリシア神話の中で、現存している最古の作品は、前8世紀頃、ホメロスが語ったとされる叙事詩『イリアス』と『オデュッセイア』です。伝承では、ホメロスは盲目の吟遊詩人であったとされています。
その次に登場するのは、前8世紀頃にヘシオドスによって書かれた『神統記』『仕事の日』という作品です。
これらの作品に書かれている話は、ホメロスやヘシオドスによって創作されたものではなく、ミケーネ文明時代に生まれ、代々口頭で伝えられてきたものが、前8世紀頃になって、文字によって書き起こされたものと考えられています。
ギリシア神話の文学作品は、ギリシア悲劇をはじめ、この後も数多く創作されていきました。
ギリシア神話の内容
ギリシア神話は、数多くのエピソードから成り立っていますが、ここでは6つに分類します。
世界の始まりからゼウス支配権の確立まで
世界の誕生について語られている最古のギリシア神話は、ヘシオドスの『神統記』です。
はじめにカオスが生じ、次にガイア(大地)・タルタロス(深淵)・エロスが誕生しました。
その後も神々は増えていき、世界の覇権はウラノス→クロノス→ゼウスへと移っていきました。
プロメテウスと人間の誕生
ヘシオドスの『仕事の日』には、プロメテウスが人間に火をもたらしたこと、ゼウスのたくらみによりパンドラが人間に災厄をもたらしたこと、人間は5つの種族(黄金→銀→青銅→英雄→鉄)が交代したこと、などが書かれています。
オリュンポスの神々の物語
オリュンポス12神をはじめ、多くの神々にまつわる神話が残されています。
英雄の物語
ギリシア神話には、ペルセウス、ヘラクレス、イアソン、テセウスなどの英雄が登場します。
ギリシア悲劇
前6世紀から前5世紀にかけて、韻文・音楽・舞踏を総合した演劇であるギリシア悲劇の上演が盛んになりました。
アイスキュロス、ソポクレス、エウリピデスは、3大悲劇作家と呼ばれます。
トロイア戦争
トロイア戦争に関する叙事詩の一群のことを叙事詩環といいます。この叙事詩環に含まれるいくつかの叙事詩を並べると、トロイア戦争についての記述が完結します。
そのうち『イリアス』は、トロイア戦争10年目におきた出来事を描写した叙事詩です。
『オデュッセイア』は、トロイア戦争の勝利の後に、オデュッセウスが、10年間の漂泊を経て故郷に帰還するまでの冒険を描いた叙事詩です。
ギリシア神話とローマ神話の融合
ローマによるギリシア征服
前2世紀になると、徐々にギリシアはローマによる進撃を受けるようになります。
前168年に、ローマはマケドニアを滅ぼし、ギリシア世界に乗り出します。その後、前146年には、コリントを征服しました。さらに前86年には、アテネを制圧しました。こうしてギリシアはローマ支配に服することになりました。
軍事的にはローマに屈しましたが、哲学や神話・芸術などの文化面では、ギリシアの方がはるかに成熟していたので、逆にローマ側がギリシア文化から多くを学ぶことになりました。
アウグストゥス時代に生きたローマの詩人ホラティウス(前65‐前8)は、「征服されたギリシア人は、猛きローマを征服した」という有名なことばを残しました。
しかし、神話の読者であるローマの貴族は、ギリシアの神々への畏敬の念とは関係がない、純粋に面白い恋愛もののような物語を好みました。
オウィディウスの『変身物語』などの作品は、そのような貴族の嗜好がある中で誕生しました。
神々の融合
ギリシア神話に大きな影響を受けたローマでは、自分たちの土着の神々を、ギリシアの神々に結び付け、自分たちの神話の再編成をおこないました。こうして誕生したのが、現在にも伝わる「ギリシア=ローマ神話」です。
ギリシア神話と、それに対応するローマ神話の代表的な神々を記します。
〈ギリシア〉 | 〈ローマ〉 | 〈英語〉 | 〈役割・象徴〉 |
☆オリュンポス12神 | |||
ゼウス | ユピテル | Jupiter | 最高神、天空、雷 |
ポセイドン | ネプトゥヌス | Neptune | 海、泉、地震 |
ヘラ | ユノ | Juno | 結婚 |
デメテル | ケレス | Ceres | 穀物、豊穣、農業 |
ヘスティア | ウェスタ | Vesta | かまど、家庭生活 |
アフロディテ | ウェヌス | Venus | 愛、美 |
アテナ | ミネルウァ | Minerva | 知恵、技芸、戦略 |
ヘパイストス | ウルカヌス | Vulcan | 火、鍛冶 |
アレス | マルス | Mars | 戦争 |
アポロン | アポロ | Apollo | 予言、音楽、医術 |
アルテミス | ディアナ | Diana | 狩猟、森林、純潔 |
ヘルメス | メルクリウス | Mercury | 伝令、旅人、商人 |
☆他の神々 | |||
ディオニュソス | バッコス | Bacchus | 酒、酩酊、演劇 |
ハデス | プルト | Pluto | 冥界、死者 |
ウラノス | ウラヌス | Uranus | 天空 |
クロノス | サトゥルヌス | Saturn | 大地、農耕 |
エロス | クピド | Cupid | 恋、性愛 |
アエネイス
『アエネイス』は、トロイア滅亡後からローマ建国までのアエネアスの冒険をうたった、アウグストゥスの保護を受けたローマの詩人、ウェルギリウス(前70‐前19)の叙事詩です。タイトルは「アエネアスの歌」の意です。
その作品全体には、ホメロスの叙事詩の影響が見られます。
前半のトロイアからイタリア上陸までの冒険は『オデュッセイア』を、後半のラティウム地方のおける戦争は『イリアス』を彷彿させる内容になっています。
変身物語
『変身物語』は、ローマの詩人オウィディウス(前43‐後17)の作品で、神話時代からアウグストゥス帝の治世まで、人間が動植物や星座に変身する物語約250話が語られています。
ルネサンス期以降、美術や文学の題材として、芸術家たちに広くインスピレーションを与えたギリシア神話のテキストは、オリジナルの古代ギリシア神話よりもむしろ、オウィディウスの『変身物語』でした。
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