ジークムント=フロイト(1856‐1939)は、精神分析学を創始しました。フロイトの思想史上の意義は、無意識という領域を発見し、体系化したことです。
近代哲学は人間の認識を追究する哲学でしたが、フロイトの精神分析学は、認識はそもそも無意識の影響を受けているということを指摘する内容でした。
フロイトの生涯
1856年、フロイトは、オーストリア帝国のモラビア地方(現チェコ)のユダヤ系毛織物商人の子として生まれました。
1881年にウィーン大学医学部を卒業し、1883年からウィーン総合病院に勤務しました。
1885年から5か月間パリに留学しました。神経症学者シャルコーのもとで催眠療法を見学し、心理的な原因によって、手足の麻痺などのヒステリーがおこることを学びました。
帰国後に神経科医として開業しました。頭に浮かぶことを自由に話させる自由連想法によって、神経症(ノーローゼ)患者の治療をおこなうことで、精神分析学を確立しました。
1907年、フロイトの『夢判断』を読んで感銘したC・G・ユング(1875‐1961)がフロイト宅を訪れ、交流を深めました。
フロイトはユングを、1910年に設立された国際精神分析学会の初代会長に就任させましたが、しだいに2人の考え方の隔たりが大きくなり、1914年にユングは会長を辞任し協会もやめてしまいました。
フロイトはその後も多くの著作を残しましたが、1938年、ナチスの迫害を逃れるためにロンドンに亡命し、翌年その地で死去しました。
精神分析学の確立
フロイトは、神経症の患者の治療をおこなううちに、無意識の中に抑圧された性的な願望が、神経症の原因なのではないかと考えました。
人間は、道徳的に許されない性的な願望を無意識の中に抑圧しますが、抑圧された衝動はコンプレックスとなり、不安・神経症・手足の麻痺などの神経症を引き起こします。
フロイトは、無意識の中に抑圧された性的欲求を患者に自覚させ、それを意識的に制御できるように導くことで、神経症を解消しようとする精神分析学を確立しました。
夢判断
夢判断とは、夢を手がかりにして、本人の心の奥底にひそむ深層心理を明らかにすることをさします。
目が覚めていて意識がはっきりしているときは、潜在意識(主に性的願望)は無意識的なものとして抑圧されていますが、
眠ることによって意識の活動が停止すると、抑圧が緩み、潜在意識は夢のかたちで現れます。
ただし、潜在意識は、そのまま夢として現れるのではなく、起きているときよりも緩くなった検閲によって、それを象徴する別の物に歪曲(変換)されて夢の中に現れます。
たとえば、夢の中にステッキや傘など先のとがった物が出てきた場合は男性の性器の象徴し、洞窟や宝石箱など穴のある入れ物が出てきた場合は女性の性器の象徴しています。
潜在意識と実際に見た夢との関係を象徴関係と呼びます。
象徴関係を手がかりに、夢を見た本人の自由な連想のもとで行われるのが、夢の解釈です。
心の構造
フロイトは、人間の心を、エス・自我・超自我の三層構造としてとらえました。
エス(Es)
エスは、性的衝動を中心とする本能的な欲求のエネルギー(=リビドー)がたくわえられた無意識の部分で、ひたすた衝動を満足させて快楽を得ようとします。
エス(Es)はドイツ語です。ラテン語読みでイド(id)とも呼ばれます。これらは、英語の「it」に該当する言葉です。
超自我(super-ego)
超自我は、親のしつけやエディプス=コンプレックスにより心の中で形成された良心のことをいいます。
超自我は、自我が欲望に動かされないように監視したり、夢を検閲したりする役割を果たします。超自我の大部分は、無意識的なものとされます。
super-egoは英語です。
〔関連記事〕 エディプス=コンプレックス フロイト思想の用語
自我(ego)
自我は、エスと超自我の間で生じる葛藤を、現実原則にしたがって調整を図り、現実の生活に適応させようとはたらく部分です。
egoは英語です。
フロイトが与えた影響の例
フロイトの娘のアンナ=フロイト(1895‐1982)は、父と同じ精神分析家になりました。児童心理学を研究する中で、防衛機制に関する概念をまとめ、整理しました。
ユングは、フロイトと師弟関係にあった時期もありましたが、のちに考え方の相違から分かれ、集合的無意識や元型論など、独自の理論を唱えました。
アルフレッド=アドラー(1870‐1937)は、1902年にフロイトから招かれ、共同研究に参加するようになりました。しかし、1911年には分かれて、無意識を探る精神分析学とは別の道を進み、個人心理学と呼ばれる理論を確立しました。
エーリヒ・フロム(1900‐80)らは、フロイトの性的衝動論を批判しつつも、精神分析学を継承し、新フロイト派と呼ばれました。
フロイトの理論は、フランクフルト学派の批評理論や、ジャック=ラカン(1901‐81)などの構造主義思想に影響を与えました。
ジル=ドゥルーズ(1925‐95)とフェリックス=ガタリ(1930‐92)は、1972年に『アンチ・オイディプス』を発表し、フロイトのエディプス=コンプレックス論に対する批判をおこないました。
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